(2026年8月20日時点の公表情報・報道に基づく記事です。本記事は投資助言ではありません)
2026年、東京電力ホールディングスにとって歴史的な出来事があった。福島第一原発事故から15年、事故当事者である東電が自社の原発、柏崎刈羽6号機を再稼働させたのだ。「原発が動けば東電は復活し、いずれ復配も」──そう期待した投資家は多かったはずだが、株価は再稼働を境にむしろ4割下落した。事業の現状を整理し、多くの個人投資家が気にする「復配の可能性」を、感情論ではなく制度と数字から検証する。
柏崎刈羽の現在 ── 6号機は営業運転入り、次は7号機
まず今年の最大トピックから。柏崎刈羽6号機は2026年1月に再稼働し、3月に発電機の警報による一時的な発送電停止を挟んだものの、4月16日に営業運転を開始した。福島事故後、東電の原発としては初の再稼働である。会社によれば6号機は安定稼働を続け、今夏の需給改善にも貢献している。7号機についても、7月15日に重大事故対処設備に関する設計・工事計画の認可申請を規制委に提出するなど、次の再稼働に向けた手続きが進行中だ。
原発1基の稼働が収支に与える威力は数字に出ている。直近の四半期決算では、6号機の再稼働による収支改善効果は470億円(4〜6月期の3か月分)とされた。単純年換算で2,000億円近い改善であり、火力燃料費を削減できる原発の経済性が確認された形だ。
直近の業績 ── 改善効果を燃料高が食い潰す
では業績はどうか。前期(2026年3月期)と直近四半期を並べる。
2026年3月期(通期):売上高6兆3,285億円(前期比-7.1%)。経常利益は燃料費等調整制度の期ずれ好転などで4,173億円(+64.0%)と大幅増益だったが、災害特別損失9,138億円と原子力損害賠償費827億円を計上し、関係会社株式売却益等で一部相殺したものの最終損益は4,542億円の赤字。自己資本比率は21.8%まで低下し、配当は見送られた。
2027年3月期 第1四半期(2026年4〜6月):純損益は97億円の赤字(前年同期は災害特損計上で8,576億円の赤字)。赤字幅は大きく縮小したが、営業損益は342億円の赤字に転落した。6号機の470億円の改善効果があってなお、中東情勢による燃料・電力調達費用の増加と販売電力量の減少が重く、経常段階では3年連続の減益。そして**通期の業績予想は「未定」**のままだ。燃料価格の見通しが立たないことが理由とされる。
構図は明快である。柏崎刈羽の再稼働という10年越しの好材料が実装されても、(1) 燃料市況、(2) 販売電力量の減少、(3) 福島の廃炉・賠償費用という3つの重石が、その効果を相殺してしまっている。特に廃炉費用は、燃料デブリ取り出しの工法具体化が進むたびに引当が積み増される構造で、前期の9,138億円の災害特損がまさにそれだ。廃炉は今後数十年続く事業であり、「どこまで膨らむか誰にも分からない負債」が損益計算書に定期的に降ってくる。
株価 ── 「期待で買われ、事実で売られた」
株価の動きも記録しておきたい。再稼働期待が高まった2025年、株価は前半の450円前後から11月には約920円までほぼ倍化した。ところが2026年に入り、1月の再稼働も4月の営業運転開始も株価を押し上げず、逆に値を崩して直近は500円台前半と、ピークから約4割安の水準にある。典型的な材料出尽くしに加え、上記のとおり「原発が動いても最終赤字」という決算が続いたことで、市場が再稼働の収益インパクトを慎重に見積もり直した結果と言える。
復配の可能性 ── 業績ではなく「構造」の問題
本題に入る。東電は2011年3月期を最後に15期連続の無配であり、前期も配当見送りだった。復配のハードルは、単に「黒字になれば良い」という話ではない。3つの層に分けて考える必要がある。
第1の壁:実質公的管理という資本構造。 福島事故後の2012年、東電は原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)を引受先として、議決権付きのA種優先株とB種優先株を合計1兆円発行した。これにより機構は過半の議決権を握り(B種の転換まで含めた潜在議決権は最大75%)、東電は実質的な公的管理下に置かれた。経営の根幹は機構と国が認定する「総合特別事業計画」に縛られており、この枠組みは2012年の初代計画から、新・総特(2014年)、新々・総特(2017年)、第四次(2021年)、そして今年1月26日に認定された第五次総合特別事業計画まで、一貫して「賠償・廃炉の資金確保」を最優先に掲げている。普通株主への配当は、この優先順位の最後尾にいる。復配は東電が単独で決められる話ではなく、機構=国の判断事項なのだ。
第2の壁:利益がまだ廃炉・賠償に吸われる。 仮に制度上の制約がなくても、原資の問題がある。経常段階で4,000億円稼いだ前期ですら、災害特損で最終4,500億円の赤字。自己資本比率は21.8%まで低下しており、財務の再建、つまり利益剰余金の回復が配当より先に来るのは会計的にも当然だ。デブリ取り出しが本格化する今後10年は、追加引当のリスクが常につきまとう。
第3の壁:業績予想すら出せない。 復配を語る以前に、東電は今期の通期予想を開示できていない。燃料市況次第で数千億円単位で損益が振れる事業構造のままでは、「安定配当」の前提となる利益の見通しそのものが立たない。
では、復配への道筋が全く無いかといえば、順序は描ける。(1) 7号機を含む柏崎刈羽の複数基稼働で年数千億円規模の収支改善を定着させる → (2) 数年単位の安定黒字で利益剰余金と自己資本を回復させる → (3) 賠償・廃炉資金の見通しに一定の目処がつき、機構が特別事業計画の中で株主還元を容認する──この3段階だ。逆に言えば、(1)すら始まったばかりの現時点で、復配は短中期的には現実的なシナリオではない。市場が再稼働に沸いた後に冷めたのは、この距離感を織り込み直したからだろう。
まとめ
東電の現状は「原発は動き始めたが、果実はまだ廃炉と燃料代に消えている」の一言に尽きる。6号機の470億円/四半期という改善効果は本物であり、7号機が続けば収益体質は確実に変わる。しかし復配については、業績以前に、機構が優先株で経営を握り賠償・廃炉を最優先とする第五次総特の枠組みそのものが壁であり、「いつ」を語れる段階にない。この銘柄への投資は、配当を待つ投資ではなく、原発収益化→財務回復→公的管理からの卒業という長い道筋の進捗を、四半期ごとの決算と規制手続きで確認していく投資である。次の道標は、7号機の再稼働プロセスと、未定のままの通期業績予想の開示だ。
参考
- 東京電力HD「2025年度決算について」(2026年4月30日)
- 東京電力HD「2026年度第1四半期決算について」および決算説明資料(2026年7月29日)
- 時事通信「東電HD、4〜6月期は97億円の赤字」(2026年7月29日)
- 資源エネルギー庁「柏崎刈羽原子力発電所6号機が再稼働―運転再開への道のり」(2026年5月)
- 東京電力HD「特別事業計画」(第五次総合特別事業計画、2026年1月26日認定)